加持

加持

 加持祈祷について考え見ます。密教の加持祈祷は大乗の身体変現の説法を基にしているものと考えられます。行者が加持力を深く体感していくと、共時的に、受者の身体にも加持力が生じる縁起的な現象が生じることを狙いとしているものと考えられます。

『十地経』では、身体変現の自在さは第八地において実現されるといい、玉城康四郎のいう終地の禅定の実現と、発心、三界、身体の区別の知を前提としています。『法華経』では、現一切色身三昧といいます。『楞伽経』では、如幻三昧といいます。法師となるための不可欠な最低限の要素のひとつです。

密教についてどうなのでしょうか。『大日経』の具縁品では、阿闍梨の資格として、発心し、般若波羅蜜(ダンマ)に通じ、陀羅尼を身につけ、三乗の差別を知り、灌頂を受け、曼荼羅を描くことができることなどとあります。このことは、やはり先の大乗が説くところと一致するものと考えられます。灌頂を受けることは『金剛頂経』にあるような金剛名灌頂を一切如来より受けるものでなければならないでしょうし、ダンマ、陀羅尼、般若波羅蜜、金剛杵によって貫かれて、如来が中心となる曼荼羅が実現されていなければならないというのでしょう。三乗の差別を知るのは、『十地経』にあるように、身体の区別、教えによる身体の違いを身をもって知るのは、第八地の身体変現においてであることから、終地の禅定の実現を前提としているでしょう。発心することは、終地の禅定を実現した者に対して諸仏が発心することを要請しているのですから、その意味によって解釈しなければならないことになります。

 この加持祈祷の行者の資格は、おそらく、第八地以上の者であるべきと考えられます。それは、しっかりとした結界を作れることが前提となっているのでしょう。
結界とは何であるか、ダンマの世界へと受者を入れることはどういうことであるのか、そこで生じることはどういうことであるのか、施者と受者と関係とはどうあるべきなのか、外界(結界を解くこと)するとは何であるか、外界し、そこから出ることはどういうことであるかをわきまえていることが必要であることを表しているでしょう。

河合隼雄氏は心理療法家として、時間・場所・料金の設定を守ることが実に大切であることを教えてくれている。では、仏道の指導についてはどうなのでしょうか。

密教の金剛界入壇儀礼について考えて見ることにします。『金剛頂経』によると、その次第は以下のようになっています。

覆面、誓水、加持護念、投華得仏、覆面を解き、曼荼羅を見る、灌頂、四種悉地智、秘密法、四種印智、諸儀則

つまり、それは、これから密教の実践の開始にあたって、そのために必要な誓いをし、その誓いができた者には、曼荼羅を見ることが許され、その功徳によって灌頂がされて、密教の行法が授けられるというものです。

この次第の中心は曼荼羅を見ることにあります。曼荼羅を見ることによって、弟子のなかに加持力が生じ、灌頂される。そのイニシエーションを経て、はじめて、密教の行法の開始が許されているのです。

さらに重要なことは、曼荼羅を見るためには、まず弟子の誓誡を前提としています。誓誡がなければ、曼荼羅を見ることは許されない。それが許されないことは、密教の行法を学ぶことは許されないということです。

誓誡は二つからなっています。それは秘密の保持阿闍梨(法師)を誹謗しないことです。
必ず、守らなければならないこととされていて、それを犯すことは最大の罪であり、悪とされています。このことは『法華経』においても説かれていて、『法華経』をみだりに説かないこと、正法護持者を誹謗することは如来を誹謗することより、はるかに罪が重いとしています。では、なぜ、それらが必要だというのでしょうか。それは仏道の指導においては、それを間違って学ぶことの危険性と指導に当たっての師弟間の信頼関係が形成されることが必要であることという常識的な意味であるのでしょうか。

まず、秘密の保持についてどう考えればいいのでしょうか。心理療法家は秘密保持をどのように考えているのかが参考になりそうです。東山紘久著『心理療法と臨床心理行為』では、口が固いことはその個人の人格の大きさや自我の強さと関係しているといっています。治療者は秘密保持にあたり、そのような器が要求されるといっています。

このことは、密教の儀礼についても当てはまるといってよいでしょうか。この儀礼の誓いを行うのは、弟子の方であり、師のほうではありません。とはいえ、この誓いは密教を学ぶ者のすべてが守っているものですから、当然、師もその誓いを守っていなければならないことにはなります。密教を習う者に対して、自我の強さと人格の大きさを求めているということができるでしょうか。このことは、『大日経』が、入壇儀礼の前提として、阿闍梨の資格と、弟子が密教を学べるだけの器を求めていることにも通じています。

『大日経』では、阿闍梨は衆生をみるとき、諸垢を遠離し、大信解と勤勇と深信があり、利他を思うような者が法器となるに堪えられるかどうか見極める必要があるというのです。ある程度の自我の強さと人格の統合性を前提としています。その法器の者を見つけ、招きいれます。それが次の作壇作業ということになります。誓誡とはその意味によって成されるべきことになります。この儀礼は仏道に招き入れると同時に、拒否して追い返すという両義性を具えていることになります。七母天が誘惑し、鉤召すると同時に、降三世明王が怒り、追い返すのです。寺院において執金剛神、仁王が門前にて、参拝者を威嚇していることも安易な接触や決まりを無視した無礼な行動を決して許さない姿勢の現われであるといえるでしょう。仏や法師を守護しているばかりではなく、そこへ近づこうとする危険を防ぐことで保護しているかのです。

次にこの次第の最後の諸儀則を見てみたいと思います。諸儀則の最後は、撥遣です。これをもって、この儀礼は終了するのです。撥遣とは一切如来たちをもとの世界へとお帰りいただくことです。その前に、阿闍梨は弟子たちに再び秘密を保持することを厳重に戒めます。この儀礼を終え、自身の生活に戻るとき、いま与えられた行法を語ってはならないのです。もし、その戒めを破れば、最悪の罪であり、もはや、密教行者としての資格を失うのです。秘法を語ってしまいたい衝動を抑える必要があります。そのような抑止ができないようなら、密教の実践は不可能であるというのでしょう。

撥遣のとき、如来たちにもとの世界にお帰りいただくのですが、また再び会うことを約束してお帰りいただくのです。撥遣の真言には、仏の境に行きたまえ。再びまた来たらんがために(津田眞一訳)とあります。もし、その戒を破れば、教団から追放され、再びその行法によって如来に会うことはできないことになってしまいます。行法の実践は不可能ということになるでしょう。密教の行法のほとんどは、撥遣によってその行法は終わるのですから、日々の行法の実践は常に秘密を保持し続けることが必要となるでしょう。行法の実践によって如来と対面し、そこで別れ、日常に戻れば、それを語ることをしない。教えてもならない。それを教えることができるのは、阿闍梨のみであるというのです。阿闍梨は、法師としての力量を具えていることが必要とされるのです。また、行法の実践による世界をそのまま、現実の世界へと持ち込むことをしないということも意味します。それは仏の世界と現実の世界を区別して、仏は仏の世界へとあるべきあり方に戻るのであり、現実に生きる人間はもとの現実の世界へと戻ることを意味するからです。この区別がつかないとき、不適切な行動によって、問題が生じてしまうことにもなってしまうのでしょう。

 この儀礼は先の二つの戒を守られていてこそ、経典が説く本来の儀礼に具わる機能が発揮される可能性があるということになるでしょう。
ですから、密教の行法は阿闍梨なしには全くありえないということになるでしょう。そうであるならば、阿闍梨の資格がきわめて厳しく問われなければならないことになるでしょう。心理療法がそのための資格を得た専門家によってのみ行うものでなければならないように、仏道指導もその資格を得た専門家でなければならないということになるでしょう。

しかし、現在の仏道の世界を考えると、全く現実離れした理想でしかない。いま私たちができることは、仏道の儀礼の実際とは何かを探求し、それとの関係を洗練化していくことにあるでしょう。

心理療法の場は、時間・場所・料金の設定を守ることが結界として重要な用件であるといいます。それは訓練された専門家である心理療法家が存在するからこそ、意味のある力のある結界となるのでしょう。仏道の結界も同じようであるべきでしょう。そこに儀礼によって結界を作るとしても、それは法師としての力量をもった阿闍梨がいてこそ、真に結界となる。その力量とはダンマの直接体験の実現ではなく、実際に仏道の指導が可能である技量を意味するでしょう。それが仏道指導の理想であるでしょう。ダンマを直接体験すれば、正しい師であるとするのは、全くのナンセンスであるでしょう。その結界は魔界である。そこでのイニシエーションは魔界に誘うものでしかなくなってしまうでしょう。

仏道指導の場としての結界について実際的な知を持つ人は結界そのものである。その人は結界内のことそこから出ることの意味をよく知っている。その人こそ、法師として相応しいということなのでしょう。

(5年まえに書いたものを掲載)
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プロフィール

パン

Author:パン
玉城康四郎を尊敬する無宗派大乗仏教徒。一仏乗依拠。
終地の禅定を重視するが、多神教的であるアニマ・魂を尊重したい。また、自我の現実世界での役割も重視したい。
リベラル。無党派大衆運動を支持します。
会社員。

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