平和への祈り

今日は仕事の帰りに、本屋さんに寄った。
『岩波講座 宗教〈第8巻〉暴力』という本があった。この講座シリーズは島薗先生が関わっているようなので、どんなものなのか、とちょっと見ることにした。
そこには、平和に関する題名にした論があった。それは町田宗鳳さんという方が書いている。
どんなものなのかな?と思い、立ち読みで申し訳ないのだが、読んで見ることにした。

ナイス、偶然!
そこには、玉城康四郎の【ダンマの顕現】の体験について、述べられていた。
町田さんの主張は、次のようであったと思う。熟読したわけではなく、立ち読みで、ざっと目を通しただけなので、正しく理解していないかもしれない。

玉城康四郎のダンマの顕現は特殊な者たちによる神秘体験ではなく、誰にでも可能であるのだから、それに一歩でも近づけるように努力すべきである。
この体験は【光の体験】といえる。この体験はさまざまな宗教者もそれを得た。ブッダのみならず、法然、親鸞など。
狂気の源泉というべき業熟体によって、世界において戦争・紛争が絶えない。この業熟体から吹き上がるダンマによる祈りによってこそ、平和が実現される。
遠隔気功は実際に物理的に影響が与える。その祈りも世界に影響を与えることが期待できる。


以上、町田さんのその主張の趣意。

これを読んで、私は、う~ん、ちょっと同意できないと思ってしまった。
ダンマの噴き上がりによる祈りに対し、遠隔気功などのようなオカルト的なことを持ち込むのは、かなり問題ではなのか、と素直に思った。

なるほど、玉城康四郎の著書のなかで、ダンマを物理的に作用するかのようなことが述べられている。私はこれを始めて読んだとき、怪しいと思ってしまった。そのため、この玉城の考えに同意しないことから、町田さんの主張にも同意できない。

業熟体によって、世界の紛争が果てなく起きるのだというのも同意できない。
これも、玉城康四郎が著書のなかで、現代の世界の混乱の世相に対し、業熟体が溢れている様である(趣意)と述べている。町田さんもその玉城の主張に従っているのかもしれない。私は、この玉城の主張にも同意できない。

たしかに、業熟体による面もあるだろうけれども、それをすべての原因としてしまうような論理は、あまりにも一面的な見方である。すべての悪は業熟体のためであるという論法で、世界の現実を語るのは、まったく現実的ではない。現実を語る場合、できるだけ事実に即して考えていくことが大事なのであって、そのような論法で事実を見ることは、それこそ、如実知見を大事にしようとする仏教の主張とは逆さまなことになってしまう。それでよいはずはない。

終地に達しても、如実知見にはならないことが、この玉城の主張からもわかるではないか。

紛争がどのようなものであるか、私は知らない。
私は一市民として、その解決のために何かできないか、と考えているだけである。
仏教の信仰者として、何かできないかと考えるとき、祈ることをそのひとつの行為であるかもしれない。

しかし、町田さんのいうような、遠隔気功のような物理的効果を期待するものというのは、とても同意できない。

祈りというのは、そもそも、そのような効果を期待してなすものなのだろうか?
祈りというのは、もっと純粋なものなのではないか。

空爆やテロの脅威に恐れおののいている現地の住民の姿を、われわれが想像してみるとき、「その恐怖や苦境から、ただちに解放されますように」と祈っているのではないか。それが【祈り】ではないか。その【祈り】にあれこれ理屈がいるだろうか。
この【祈り】は何かのの宗教を信仰してなくても、そのようになるのではないか。
私たちが理屈抜きの、その【祈り】となっているとき、その人の信仰する宗教の違いは関係がない。そして、その人がダンマを体験していようといまいと関係がない。【祈り】とはそういうものであると私は思う。

この前、参加させてもらった、「築地本願寺でのガザ解放のキャンドル行動」は、きわめて貴重な体験をさせてもらった。宗教を越え、イスラム、キリスト、仏教のそれぞれの仕方でそれを祈った。信仰に関係しない市民たちもそれぞれの思いで祈った。その祈り自体が大事なのではないか。その祈りからはじまる。ひとつの紛争解決の手助けにつながるのではないか。ほんの些細なことであるが、志を同じくする者たちが集まって、祈ることが大事なのではないか。そこに宗教の大事な一つの役割があると思う。

町田さんは、四弘誓願も平和への祈りのひとつであるという。
なるほど、同意する。煩悩を絶つという誓願を除けばであるが。

では、ダンマの貫きの状態における祈りというものは、どういうものであるのか、ということも、ついでだから、考えてみることにする。

祈りは無私のものであるのか、それとも、そうではないのか。
私はどちらでもあるという。

前回のエントリーで、玉城康四郎のいう【如来の独り働き】について書いた。
その場合、少しも私があってはならない。その働きを妨げるからと。そう玉城はいった。

まさしく、終地の禅定はそのとおりである。

おそらく、宗派を問わず、勤行の最後に回向というものがあるだろう。
勤行で得た功徳をあまねく一切に及ぼし、自他ともに仏道を完成させると祈る。それが回向であろう。

大乗経典『般若経』で、回向とは何かという説法がある。
回向とは般若波羅密であるという。つまり、法身・如来である。
如来があまねくすべてに及ぼしているのである。
そのことからいえば、回向は無為自然の如来の独り働きであるといえる。

私という働きが少しでもあってはならない、【如来の独り働き】が真の回向なのだといえそうであるが、それは半分正しく、半分正しくない。

それも回向のひとつであり、それだけではない。
如来の働きとともにいる【私】が他者の平和・幸福を祈る。他者に功徳を及ぼす。これも回向である。

第八地の菩薩が無生法忍を得て、阿羅漢や独覚のあり方に陥ることなく、自我と業熟体の存在を自覚し、正しく発心し、自身の誓願を立てる。
発心し、誓願するのは【私】にほかならない。

如来は本願力・加持力であることから、無生法忍となって、如来の本願力そのものとなったことが、そのまま、誓願の実現となっている、と理解してしまいがちである。
そのような意味にもとれるが、そうではなく、【私】が主体的に、如来の本願力と区別して、発願することが求められているのだ。
阿弥陀仏も菩薩のときに、自身の誓願を立てたではないか。同じく、そうするのである。その人自身が決めるのである。

大乗の核心は、衆生とともに、というより、衆生として仏道を歩むことを決意するのである。
そのために、自他の区別、現実と浄土、衆生や世界を区別する自我の働きが要請されるのである。
その自我の働きを無視し、軽視してしまえば、浄土の住人や阿羅漢、独覚と同じとなってしまう。
現実から離れて、浄土の住人として生きることも、大乗の生き方のひとつである。発心していれば、大乗といえる。発心しなければ、大乗ではない。たとえ、終地に達しても。

【終地に達すれば、そのまま大乗である】という玉城康四郎のことばをその字義どおりに受け取ると大きく間違ってしまうことになる。

終地に達しても、【私】は【私】に他ならないのが事実である。これが終地の実態である。これを認めなければならない。
その【私】が発心し、如来とともに仏道を歩んでいくことが、仏乗・仏道なのである。

町田さんの、祈りがダンマの噴き上がりに基づいてる必要があるという主張に私は同意できる部分もあるが、ダンマの顕現を得ていようといまいと、世界各地での貧困や紛争の苦しむ人たちを思い浮かべ、すぐさまにその苦しみから解放されることを祈ることが、まずは大事ではないか。それは、いますぐに、できることではないか。

そして、祈るだけではなく、その起きていることに、新聞、テレビなどを通して、ほんのちょっとだけ知って見ることや、ほんのささやかな何かの行動をしてみることを、ごく普通の市民レベルで行うことができるといいのではないか、と個人的には思う。私はできるだけ、そのようにしていきたいと思っている。ほんの些細なことしかできないが、そうしている。もちろん、それは利他というような仰々しいものではまったくない。

祈りが超能力のように、現実の世界を変えることができれば、こんなにいいことはないが、そんなことがありえるとは私には思えない。
ただし、共時的現象として、何か不可思議なことが起こる可能性があるということはある。私は比較的に、そのようなことがよくおきているようなので、特別なこととは思わない。
共時性については、ユング心理学の説明する意味のものであって、オカルト的な本が説明する意味のものではない。
町田さんの先の主張には、オカルト的なものを感じた。その読者がダンマの顕現には超能力的な性質が具わっていると誤解しまうのではないかと私は恐れる。
私はオカルトには距離をおきたい。もしかしたら、テレビで放送しているような、遠隔気功や超能力などの不思議なことは存在するのかもしれないが、私にはまったく関係がないことである。
玉城康四郎も、著書の中で、オカルトにとらわれてはならないと書いていた。ご注意、ご注意!
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プロフィール

パン

Author:パン
玉城康四郎を尊敬する無宗派大乗仏教徒。一仏乗依拠。
終地の禅定を重視するが、多神教的であるアニマ・魂を尊重したい。また、自我の現実世界での役割も重視したい。
リベラル。無党派大衆運動を支持します。
会社員。

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