終地は誰でも実現できるものである 2

終地は誰でも実現できるものであると玉城康四郎は著書の中で繰り返し強調して述べている。
玉城は自身でそれを実現し、後続する人にもそれを求めているといってよいだろう。

私も玉城が著書で教えるところに学び、体と頭で探究し、それを実現した。
玉城の言う通り、誰でも実現できるものであると身をもって知った。

私はその後、心の病を発症し、禅定を行ずるなどとてもできない状態に陥り、療養する身となった。
が、最近、調子もよくなり、少しづつ禅定を開始し、最盛期にだいぶ及ばないが、ダンマの実感を体に染み込ませるようにしている状態でいる。直近では、病状が急激に悪化しつつも、禅定を少し行ずることができている。
目指すは最盛期の状態を取り戻すこと。さらには、もっと深め、熟していくこと。これは無限の時間をかけるほどの長き期間にわたって行うものであるので、その深まりというものは想像が全くできない。これは楽しみというよりほかない。

終地を実現しても、私は「私」のまま、何も変わらない。智慧もなく、自己中で、正確に物事も見れず、人格も浅ましい。自身の悩みを抱え、解決不能で、さらに悩みは深まるばかりである。その「私」のままである。
これが事実である。

そのような「私」が如来と二人連れとなって、仏道を歩ませていただく。そのことが極めて尊いことなのである。
「私」が尊いのではなく、仏道が尊いのである。
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プロフィール

パン

Author:パン
玉城康四郎を尊敬する無宗派大乗仏教徒。一仏乗依拠。
終地の禅定を重視するが、多神教的であるアニマ・魂を尊重したい。また、自我の現実世界での役割も重視したい。
リベラル。無党派大衆運動を支持します。
会社員。

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