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白鷺の舞、幻想的だな~。



浅草寺「白鷺の舞」奉演

■■引用開始■■

 白鷺の舞は慶安5年(1652年)の「浅草寺慶安縁起絵巻」の祭礼行列の中にある「鷺舞」の姿を浅草観光連盟が昭和43年に東京百年の記念行事として復興したものです。
 鷺舞の神事は京都・八坂神社の祇園祭りが起源で千百年以上の昔から悪疫退散の為に奉納伝承され、非常に盛んであったと云われますが、いつしか中絶し、やがて慶安2年(1369年)に大内引世が京都から山口に八坂神社を勧請建立するにあたり山口の祇園祭りの神事として登場させ、更に天文11年(1542 年)島根県津和野の城主吉見正頼が山口から移し、今日では全国的に有名となっています。 浅草寺の「白鷺の舞」は京都の正統を基本に慶安縁起の遷座供養祭礼行列を復元したもので、武人3名、棒ふり1名、餌まき1名、大傘1名、白鷺1 名、楽人19名、守護童子、その他、「白鷺の唱」を演奏しながら舞い、練り歩く。
浅草寺境内では、毎年4月第2日曜日と11月3日に奏演されるれ平安時代の風俗を眼のあたりに見ることが出来ます。

■■引用終了■■

浅草観光連盟HP浅草寺「白鷺の舞」奉演より。画像もそちらより。

幻想的ですね。ジュディ・オングさんではないですよ(笑)。
浅草寺に行ったとき、この「白鷺の舞」の一行が浅草寺に向かって行進しているのにたまたま出くわしました。この世のものとは思えぬ姿にしばし呆然。なんともいえない不思議な気持ちとなりました。異界ですね。偶然に感謝です。
八坂神社の祇園祭りというと、祭神は牛頭天王ですね。祟り神、疫病神ですね。しっかりとお祭すれば、転じて、除病の神となるようですね。

説話の一例に次のようなものがあるようです。

■■引用開始■■

八坂神社などでは赤い地の紙に金色の文字で「蘇民将来子孫之門」という札の由来となった次の説話がある。(赤い紙に金色の文字は陰陽道で「疫病神が嫌う色」とされているからとされる。)

昔、牛頭天王が老人に身をやつしてお忍びで旅に出た時、とある村に宿を求めた。このとき弟の巨丹将来は裕福なのに冷淡にあしらい、兄の蘇民将来は貧しいのにやさしく迎え入れてもてなした。そこで牛頭天王は正体を明かし、「近々この村に死の病が流行るがお前の一族は助ける」とのたまった。果たせるかな死の病が流行ったとき、巨丹の一族は全部死んでしまったのに、蘇民の一族は助かったという。

■■引用終了■■
ウィキペディア(Wikipedia)より。

この説話の巨丹将来の冷淡さは、いまの貧困が蔓延している世の中に当てはまるのではないでしょうか。格差社会となり、富裕層は貧困層にきわめて冷淡です。いまの蘇民将来はこの貧困を手を差し伸べている人たちでしょうね。

悪疫退散の為に奉納される「白鷺の舞」。この舞が現代の貧困を根絶させるものとなることを心から願います。魂を無視した現代社会。そこにあらわれた白鷺。美しい女性の舞。魂の救済者として現れている。ユングのいうアニマなのでしょうね。アニマの語りかけを現代社会はまだ無視を続けるのでしょうか。この舞をずっと、これからも続けてほしい。これからは、私も、この舞を見に行こうと思っています。


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パン

Author:パン
玉城康四郎を尊敬する無宗派大乗仏教徒。一仏乗依拠。
終地の禅定を重視するが、多神教的であるアニマ・魂を尊重したい。また、自我の現実世界での役割も重視したい。
リベラル。無党派大衆運動を支持します。
会社員。

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