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戦死者追悼問題と国家神道について つづき

前回からの続き。
島薗先生の論考はさらに続くのですが、ここでは、それに触れません。続きは島薗先生のブログをご覧下さい。『島薗進・宗教学とその周辺』 宗教研究の現在と東アジアの視座――戦死者追悼問題と国家神道の概念を手がかりとして――

祟る霊を鎮める信仰は日本独自なものではなく、東アジアに共通の死霊をめぐる信仰パターンであることがわかった。日本古来の「御霊信仰」は、不幸な死に方をした人物、とりわけ政敵に滅ぼされた政治家や武人の霊の祟りを恐れ、それを鎮め、尊ぶものである。靖国神社は、天皇側に立って戦って死んだ兵士のみを祀り、敵方の死者はまったく顧慮しない。両者の違いは明確である。靖国神社が御霊信仰に基づくという論説はかなり無理があるといえるだろう。

仏教の立場からは、かつての日本の戦争にまつわる慰霊は仏教の「怨親平等」の観念にのっとっていたとする。「怨親平等」とは「戦場で死んだ敵味方の死者の霊を供養し、恩讐を越えて平等に極楽往生させること」。祟る霊を鎮める信仰や御霊信仰は仏教によって排除されるのではなく、仏教はむしろそれを保存し助長したとも言える。と島薗先生はいう。

靖国神社は広義の国家神道において中心的な位置を占める神社の一つであるという。広義の国家神道において中心的な位置を占める靖国神社は、廃棄されることなく、一宗教団体に過ぎなくなった。その結果、国家神道の潜在的な一要素として残ることとなった。このことから、現代日本は表向き政教分離ではあるが、潜在的に国家神道の要素を保った社会といえるようだ。
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パン

Author:パン
玉城康四郎を尊敬する無宗派大乗仏教徒。一仏乗依拠。
終地の禅定を重視するが、多神教的であるアニマ・魂を尊重したい。また、自我の現実世界での役割も重視したい。
リベラル。無党派大衆運動を支持します。
会社員。

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