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国家神道の問題

島薗進・宗教学とその周辺 国家神道はどのようにして国民生活を形づくったのか?――明治後期の天皇崇敬・国体思想・神社神道より。

「日本の土地と結びついた神々を信仰するのが神道の特徴だ。」

「国家神道とは、神々の中心に位置する天照皇太神を先祖とする聖なる天皇を尊び、そのようにして神武天皇以来続けられてきた国体を維持し発展させようとする信仰や実践の体系である。」

「短く言うなら、神道は日本の土地と結びついた神々への信仰であり、
国家神道とは天皇崇敬や国体の理念を中核とした神道である。」

神道と国家神道をごっちゃにしてしまってはいけないようだ。神道と国家の関わりがなくなったからといって、国家神道が解体されたというわけではない。広い意味で国家神道はいまもなお、存続する。それは靖国神社であり、皇室祭祀である。そのような国家神道は、戦前のあのような強大な力を持っていたわけであるから、いつでも、そのような力を発揮し、われわれに影響を及ぼす可能性があるといえるようだ。

『宗教と現代がわかる本2009』に島薗進さんと原武史さんの対談がある。非常に興味深い。それを読み、理解したことを書いてみる。

国家神道は上から押し付けられたものとの従来の理解があるが、それは一面的な味方で、下から、国民からのサポートで盛り上がった面がある。教育勅語や天皇礼拝を据えた教育が国民に根付いていくと、天皇崇拝が日本の精神基盤になる。小学校は祭政教一致の教えを教える場として機能した。

大正時代の大本教や日蓮主義は、天皇を中心とした理想世界を描くが、これは改造という思想の大きな源となっている。それが五・一五、二・二六事件などの天皇を掲げる、下からの反乱につながっていく。

横の連帯を尊ぶ集団に自発的に参加し、お互いに励ましあって元気になっていく。そのような集団が大きく発展していくことと軍国主義が強化されていくことと不可分である。

現代、横の連帯が薄らいで、国民の統合を保つのに、天皇の統合機能に期待して、国家神道を復興させたい議論がだんだん高まってくる。

皇室が文化的な伝統を尊ぶことは一面理解できるが、それは国家神道のものであり、示教的なものを果たす役割が大きいものであることを考えなければならない。宮中祭祀を伝統であるから頑なに守り強化する発想よりも、時代の変化にともなって、柔軟に対応した方が生産的ではないか。

以上、その趣意です。
宮中祭祀に注目し、それが、どのようなもので、どのような影響があるのか、オープンに議論していくことが大事なのであろう。

[追記]

B B Gさんのブログ「社会科学者の時評」を私はいつも拝見しており、大変勉強になっているのです。いまさっき、見てみますと、グッドタイムリーなことに関連する記事が挙げられています。2009.7.19■ 皇室神道は政教一致 ■です。http://pub.ne.jp/bbgmgt/http://pub.ne.jp/bbgmgt/。ぜひ、皆さんもご覧下さい。
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パン

Author:パン
玉城康四郎を尊敬する無宗派大乗仏教徒。一仏乗依拠。
終地の禅定を重視するが、多神教的であるアニマ・魂を尊重したい。また、自我の現実世界での役割も重視したい。
リベラル。無党派大衆運動を支持します。
会社員。

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