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自我肥大と影の肥大

老松克博著『アクティヴ・イマジネーション』によると、
「インフレーション、そして、影の否認は表裏一体である。自我が高揚した状態になれば、影を失う。また逆に、影を見まいとする場合も、自我はことごとくよいものばかりになって舞い上がり、インフレーションに陥る。人は認めたくないものに直面しそうになると、インフレーションを起こしてその価値を貶めようとするのである。」といいます。

 インフレーションとは先に述べた自我肥大のことです。では、影とは、何でしょうか。
山中康裕氏の『臨床ユング心理学入門』によると、「影とは、人格の否定的側面とか、隠したいと思う不愉快な性質すべて、人間の本性に備わる劣等で無価値な原始的な側面、いわば自分のなかの他者、自身の暗い側面のことなのである。」
「影が意識からあまりに孤立すると、これはなかなか修正されることなく、無意識の中で肥大していく。」
人間が生きていくうえでは、この影に光をあてて、分化させていくことが望ましいといいます。

以前、エントリーで、『法華経』提婆達多品の舎利弗の事例をあげて、自我肥大の危険について述べましたが、その自我肥大と表裏一体であるという影の否認については、竜女の見下し、否定がそれに相当するでしょう。動物性、女性性の否定です。また、衆生であること、玉城康四郎のいう業熟体の否定、自我の否定などもあげられるでしょう。
提婆達多はブッダを迫害した者ですが、仏教にとって影であり、提婆達多と変わらない人間であるわれわれ一般衆生でもあります。
玉城康四郎のいう終地を実現しても、提婆達多は提婆達多にほかならないが、『法華経』を受持する者であれば、仏道の師として仕えるべきだと『法華経』はいうのです。
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パン

Author:パン
玉城康四郎を尊敬する無宗派大乗仏教徒。一仏乗依拠。
終地の禅定を重視するが、多神教的であるアニマ・魂を尊重したい。また、自我の現実世界での役割も重視したい。
リベラル。無党派大衆運動を支持します。
会社員。

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