スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

音楽を聴く 仏を体感する

癒し系の音楽はいいですね。あれを聴いていると、我を忘れ、恍惚となります。きっと、皆さんにも、そのような経験があるはず。
仏道の学びもそれに通じるものと思います。ダンマ・如来の体感し、恍惚となる。私にとっては、音楽を聴くのと同じであると思っています。
如来を体感するには、どのようにしたらいいのかは、個人の工夫によると思いますが、その工夫のひとつに、この音楽を利用するのもよいかもしれません。
ヒーリングとか、癒しとか、やはり、通じるものがあるのかもしれません。
如来を実感し、恍惚となる。これでいいと私は思いますが、人によっては、それは魔の境地であるという人もいるかもしれません。どうなんでしょうかね。私は「?」と思ってしまいます。
もし、これを最上の悟りの境地と看做してしまえば、それは魔の境地といえます。その実感を深め、最上の境地を目指して学び続けていくのであれば、魔の境地ではないでしょうね。
一番大事なのは、如来を実感できるかどうか、である、と私は思うのですが。

ダンマの顕現とはそのようなものではない、という意見もありそうですね。玉城康四郎先生の体験にある、木っ端微塵の大爆発でないと、本物ではないのではないか。う~ん。別にそれにこだわらなくてもいいのでは?と私は思いますが。まぁ、でも、そのような体験をしたほうが、利点は大きいでしょうね。といっても、その体験をして、それを過大に評価してしまって、天狗になってしまうのは、大分よろしくないと思います。その危険は大きいでしょうね。心理学者のユングのいう、自我肥大の危険です。これはこわいです。これこそ、魔の境地です。
どんな体験をしようと、それはただ体験したにすぎない。どうってことない。それよりも、ひたすら学びつづけていく。ひたすら如来に学んでいくことが大事なのではないでしょうか。皆さんは、どう思いますか。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

パン

Author:パン
玉城康四郎を尊敬する無宗派大乗仏教徒。一仏乗依拠。
終地の禅定を重視するが、多神教的であるアニマ・魂を尊重したい。また、自我の現実世界での役割も重視したい。
リベラル。無党派大衆運動を支持します。
会社員。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
FC2カウンター
リンク
QRコード
QR
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

検索フォーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。