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有徳王の護法

有徳王の護法

 「私(釈尊)は往昔においての護法を行ったことにより、いま、金剛身(法身)を成就することができたのである。昔、正法が滅しようとするとき、ひとりの持戒の比丘がいた。名を覚徳という。そのとき、多くの破戒の比丘がいた。覚徳比丘はその破戒の比丘たちに王族がもつ豪華なもの蓄えて持つことをしてはならないと注意した。それに腹を立てた破戒の比丘たちは武器を持って覚徳比丘を襲おうとする。このとき、有徳という名の王がいた。有徳王はかの法師を護るために、破戒の比丘たちと戦った。それによって、法師はその危害より免れることができた。しかし、この王、この戦いによって、全身に、ひどい怪我を負い、命を落とす。命終後、その王はアシュク仏の浄土に往生することができた。そして、アシュク仏の第一の弟子となることができた。この王とともに戦った配下のものたちも命終後、同じくアシュク仏の浄土に生まれることができた。覚徳比丘も命終後、アシュク仏の浄土に生まれ、アシュク仏の第二の弟子となった。覚徳比丘とは迦葉仏となったのであり、そのときの王はいまの私(釈尊)である。
 正法を護る者の得る功徳は無量であるのだ。この因縁によって法身を成就することができたのである。もし、正法が滅する危機にあるとき、このように護法せよ。五戒を守るものが大乗の者ということはできない。護法の在家のものは五戒を守らずとも、正法を護れ。それこそ、大乗の者といえるのだ。護法のために武器を持つことを持戒という。武器を持っても命を断ってはならないこと、これを第一持戒という。」とあります。

 護法の功徳が無量であることを説いています。正法を護るために身命を捨てることが無量の功徳とされています。そのため、護法のため命を落とした有徳王はアシュク仏の第一の弟子となっており、覚徳比丘は第二の弟子となっています。この説話は護法のためならば、五戒を守らなくてもよいという、どうかすれば危険な思想となりかねないもので、注意が必要です。こごては、それを象徴的な意味を伝える物語として捉え、解釈していくことにします。

 ここで登場するアシュク仏とは菩薩のとき、憎しみ、怒りを持たないという誓願を主にして実践し、その誓願を完成させた仏として有名です。その仏の浄土に往生していることに意味があると考えられます。『涅槃経』のなかには、いたるところで、破戒を戒める内容の記述がありますが、この経典の成立の背景には、おそらく、破戒の僧が横行していた状況にあったと想像できます。持戒し、正法の実践をしていた者たちは破戒の僧たちによって、現実に命を脅かされるほどの危害を受けていたのでしょう。彼らは、自らの身を守る必要に迫られていたと考えられます。彼らは、その状況の中で、自衛のために武器を取ったと考えられますが、その選択には、相当な葛藤があったと考えられます。その理由は、次の点にあります。覚徳比丘が持戒の僧であること、『涅槃経』は『法華経』に大きく影響を受けており、常不軽菩薩の「軽蔑しない」という安楽行の実践を重視していたものと考えられることです。たとえ、迫害を受けても、敵意を持たないということが彼らの根本姿勢であったと考えられるのです。しかし、いまや、単なる迫害だけでなく、命を脅かされている。破戒の者たちによって正法が滅しようとしている。正法を伝えていくのが仏道者としての第一の勤めである。命を失ってしまっては、その務めが果たせなくなってしまう。命を守るには、武器を取って自衛するしかない。しかし、それは、僧として破戒を犯すことになる。どのようにすればよいのだろうか。というような葛藤が生じていたと考えられます。彼らには、焼身供養ということが常に頭にあったでしょうから、仏道のために命を落とすことになる覚悟はあったでしょう。人間であれば、命が惜しいのは当然ですが、仏道のためには命を落としてもよいという覚悟はあったはずです。戒を破ってまでも、生き残りたくはなかったのではないでしょうか。『涅槃経』のなかには、命を落としてでも、戒を守れということが書かれています。しかし、それでは、正法を伝えることができなくなってしまいます。そのことも同じくらいに重視していたでしょう。両者の葛藤のなかで、彼らは、正法存続のために、生きるほうを選んだのでしょう。それは苦渋の選択であったと思うのです。彼らは、身を裂かれるような思いで、正法を存続させるために生きることを選んだのではないでしょうか。この試練は彼らを新たな展開へと向かう契機となったと考えられます。

 『涅槃経』の有名な雪山の捨身の説話は仏道のために命を捨てることの尊さを表していますが、それは『涅槃経』が『法華経』の捨身を継承していることを示していると考えることができるでしょう。この有徳王の死も同じ意味であり、その試練によって「死と再生」を経験することになったと考えられます。有徳王は死に、覚徳比丘は生き残ったということを、別々のこととして考えるべきではなく、一緒にして考えることが適切であると私は考えます。それは「死と再生」を象徴していると思うからです。この説話は仏道の存続のために命を落とすことは、同時に、仏道の存続とつながっています。仏道の存続のために古い「自我」は死に、仏道の存続していくための新たな「自我」を形成し続けていくことを意味しているのではないでしょうか。過酷な現実において仏道を存続することを可能する「自我」の形成を意味していると思えます。この経典は、いたるところで、現実との格闘を行っている様子が見えるのです。

 戒を大事にしながら、正法の存続のために戦い。このことは、実際に命を守るために武器を手にするばかりの意味ではなく、先に、金剛力士が金剛杵を手に、第八地の修行者を守るという意味にも解釈ができるでしょう。
 第八地を実現し、発心し、身体変現を身につけた修行者は、法師となるための自我形成へと向かう。そのために、自我の強さやその役割が重要となる。自我がある程度強くなければ、焼身供養のイニシエーションは失敗して、浄土のあり方に戻ってしまう。ある程度の自我の強さがあってこそ、その後の仏道が進められていく。その自我の機能が金剛力士として表現される。『涅槃経』の場合は有徳王ということになるでしょう。そのイニシエーションは死に物狂いの戦いとなる。その戦いには、さまざまな葛藤が伴う。その死に物狂いの戦いによって、持戒の僧である覚徳比丘を守り、修行者を守ることができた。そして、それはただの苦難の体験だけに終わらず、有徳王の死によって果たされていることが大事となる。死と再生の体験となっているからこそ、イニシエーションの意味を持つ。有徳王である自我は死に、新たに生まれ変わって、アシュク仏の第一の弟子となるのです。それは肉体の死の意味ではなく、自我が変容し、新生した体験として解釈できるでしょう。焼身供養のイニシエーションを表しているという解釈が可能であるでしょう。




 安楽行の実践を保ちつつ、迫害による死を避けること。常不軽菩薩は土塊や棒を投げつけられても、当たらないように遠くから大声で声をかけるという、攻撃を受けない範囲の距離を保つことによってそれを避けていました。『涅槃経』においては、その距離をとることもできないほどの切迫した状況において、どのようにすべきか決断を迫られていたかもしれません。対決すべきか、それとも、無抵抗のままに死を迎えるのか、有徳王は対決を選んだ。それは古いままの自我の存続のためではなく、正法を存続させるための戦いです。彼は、正法の存続のための戦いに勝利することができた。それはその古い「自我」の死であり、なおかつ、覚徳比丘を守るという、正法を存続させるための「自我」を形成する仕事を成し遂げたことを意味するのではないかと思うのです。その困難な状況に対応できる「自我」の形成を意味しているのではないでしょうか。安楽行を重視しつつ、危機的な状況に対応し、正法を存続していくための戦いを実行していけるだけの「自我」形成を意味する。正法を護るためには自衛はやむをえないというような安易な考えによっているのではないでしょう。覚徳比丘が主人公となっているのではなく、有徳王がここでは、主人公となっているのであり、彼が死を体験し、新生したことに注目すべきです。彼は、金剛力士であり、普賢菩薩であることを表していて、普賢菩薩の威力によって、『法華経』が存続されていくのであるという『法華経』の主張がそのまま当てはまるでしょう。法身の働きだけでなく、「自我」の役割が重要となっていることになるでしょう。

 『涅槃経』では、護法者とは自らの身体によって法を護るという現実的な行動する者を意味しているだけでなく、正見を具え、よく広く大乗経典を説く者も同じく護法者であるともいっています。その意味は先の意味と通じることになります。両者は別々であるのではなく、同じであると考えられます。説法者と金剛力士・普賢菩薩は別々ではなく、同じということです。そのように理解するとき、『涅槃経』より後の成立である『金光明経』に登場する四天王の役割が護国、護法にあるという意味もこの意味によって理解されるべきことになるでしょう。

 法身の働きに従っていればよいというものではなく、「自我」の成長によってこそ、仏道は実践されていくことを表していることになります。普賢菩薩、四天王のように成長していくことによってこそ、仏道は実践されていくということになるでしょう。『法華経』の相続者であり、護法者となるためには、焼身や戦場における戦いのような「死と再生」の体験によって、「自我」が成長させる仕事が必要であるというのでしょう。戦いには、その危険について熟知していなければならないし、戦えるだけの強さも必要となるでしょう。その戦いのためには、ベテランの戦士の助けを必要とするでしょう。そして、その戦いは、全身に傷を負うほどのものであるというのでしょう。そのイニシエーションは相当な危険なものですが、それによって肉体的な死をもたらすものであってはならない。それが第一持戒ということになるでしょう。

 『涅槃経』は、護法の法師とは次のようであるといいます。
 持戒護法の師とは、王者が持つような贅沢な豪華なものを持たず、金銭を目的として、権力者、政治家、財界人に親しまない。金銭を目的に、信者に取り入って、こびへつらうことをしない。破戒の者や悪人を調伏する。このものこそ、真に仏道の師としてふさわしい。
 破戒の僧とは、持戒してはいても、金銭のために破戒の者といっしょに生活する僧をいう。
 愚痴僧とは、持戒し、自身の弟子たちに懺悔させることをしても、弟子以外のものが破戒するのを見て、注意して懺悔させることをしない僧をいう。
 護法無上の大師とは、先の僧たちを調伏するもののことをいう。この者は戒の軽重をよく知っている。また、衆生を教化するために社会に入っていく。淫女の家へ入り、ともに生活し、長く時を過ごすこともする。声聞のできることではない。このことを調伏利益衆生という。

 この調伏利益衆生を行う護法無上の大師の例として、『涅槃経』では、維摩居士の名を挙げています。『維摩経』では、維摩居士はアシュク仏の浄土から娑婆世界に生まれているといいます。彼は、浄土での仏道の実践ではなく、輪廻の中で生きる普賢行を行う菩薩であることになります。彼は、法師として必要なイニシエーションを通過して、娑婆世界において法師として活動する仏道者ということになります。先の有徳王の護法のイニシエーションを通過しているのです。ここで、先の有徳王の往生した先がアシュク仏の浄土であることにつながることになります。

 『涅槃経』は現実の世界での活動を重視しています。そのため「自我」の役割が重要となっています。破戒僧に対して調伏しなさいといいつつも、破戒僧の迫害を得ないように自身の護法を隠して、破戒の僧とうまく調子を合わせることも必要であるといったり、金銭を蓄えてはならないといいつつも、危機的な状況に対応するためには、そうしてもよいといったりと、いくつかの具体的な現実的対処が述べられています。おそらく、この経典の成立にかかわった人は現実の世界で活動していた体験によっているのでしょう。ただし、この臨機応変な対応は、あくまでも持戒を前提としているのであり、利己的な動機を護法のためであるするような合理化しているものではないでしょう。現実とうまく折り合って、そのなかで仏道を実践していくことを第一としていると考えたいのですが、果たして、そのようにできるほど人間が強いのか、たとえ、強い人間であるとしても、その強さゆえに、問題が生じなかったかという疑問がわいてきます。

 『涅槃経』より後の成立である『大集経』では、ますます時代が悪くなって、破戒の僧の横行が激化している様子が感じられます。破戒に対して厳しく罰するべきであるといいつつも、それに対して過ぎた懲罰はしてはならない。破戒の僧であっても、仏道を実践する者であり、功徳を持つものである。彼らは尊重すべきである。諸天は彼らを護るべきであるといっています。破戒を過剰に問題視し、処罰ばかりしていては、仏道を実践できる者はひとりもいなくなってしまうというのです。

(以上、五年前に書いたもの掲載)

いま読んでみると、やはり真面目すぎる。あまりにも理想的。俗人である自分とはほど遠い世界だ。
正法とはダンマ・法身・如来のことであり、ある教えだけのことでないことに注意。
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プロフィール

パン

Author:パン
玉城康四郎を尊敬する無宗派大乗仏教徒。一仏乗依拠。
終地の禅定を重視するが、多神教的であるアニマ・魂を尊重したい。また、自我の現実世界での役割も重視したい。
リベラル。無党派大衆運動を支持します。
会社員。

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